お寺に入ると、漂ってくる和の香り。日本には、仏教伝来とともにお香が伝わったと言われており、今でもお墓や仏壇で手を合わせる際にお香を焚く風習が続いています。善西寺では、「りてら」「はしりい」という2つの香りを制作。手がけたのは、桑名市出身の調香師の沙里(さり)さん。幼い頃から繊細な嗅覚を持ち、自然の中で生まれる香りを抽出し、独自の技術で調香を行っています。
沙里さんの手がける調香の世界、そしてお寺における香りについてお聞きしました。

| <プロフィール>沙里 (さり)
調香師 《かほりとともに、》主宰。日本の伝統的な香道作法と西洋のフレグランス文化を融合させた現代聞香を創始。日本・海外各地で季節や風土に合わせた「香り文化」の普及活動やイベントを行っている。幼少期からの作曲・演奏活動をもとに、音の波動と香りの関係に着目。自然香料によるオートクチュールのかほり作品にはユニークな“香譜”をつけて発表。日本産精油を用いた調香が評価を得て、世界からも招待を受けている。フレグランスコンテスト2011環境大臣賞受賞。IFA国際アロマセラピスト。 |
想いを翻訳して香りに表す「調香師」
ーーフリーランスの調香師として、どのような活動をされているのでしょうか?
私自身が携わっている仕事は、ファッションやジュエリーブランド、ホテル、ギャラリーなどから依頼をいただき、香りをプロデュースし、自ら調香しています。主に香水ですが、シャンプーやリンス、ハンドソープなどの香りをつくることもあります。例えば、ファッションブランドから「コンセプトに合う香水をつくりたい」という依頼があれば、そのコンセプトを私なりに解釈し、素材を集めて調香を行う。依頼者と香りの間に立って「翻訳をする」イメージです。
他にも、香りをアートとして捉えていく活動を行っています。2018年には写真家とコラボレーションし、香水と写真を同時に展示するエキシビジョンを行いました。その他にも音楽や料理とのコラボレーションを行い、視覚や聴覚など嗅覚以外の五感も使いながら、香りを感じていただける活動を行っています。

例えば写真なら、その写真がもつ色を「香り」として抽出する。写真と香りを同時に感じたときに、単体では「見えてなかったものが見えてくる」のではないかと思っていて。人工香料が増えたり、五感が情報過多になっている今、人間にもともと備わっている感覚が閉じていたり失われている。その感覚をどうやって思い出していくかということに興味があって、香りの表現活動をしています。

香りと料理のペアリング
ーー料理と香りは、どのようにペアリングされているのでしょうか。料理自体にも香りがあると思うのですが…
ワインを飲む時、ベリーのソースがかかっているお肉に赤ワインを合わせたり、淡白な白身魚には白ワインを飲んだりしますよね。それと似ていて、お肉のソースの香りを感じながら、バラの香りを楽しむ。きのこ料理に苔の香りを合わせたり。同じ菌類なのでとても合うんですよ。こうした掛け合わせで、料理の味わいが変化する体験を味わっていただいています。
ペアリングを行う際は、ムエット(試香紙)で香りを聴きながら、口にワインを含んでいただいたり、指先に香りをつけてお料理を召し上がっていただくなど、さまざまな方法で演出を行っています。
ーー海外でも開催されたことがあるんですよね。反応はいかがでしたか。
10年ほど前に初めてフランスのロワール地方でペアリングを開催したときに、日本のヒノキの香りを紹介したいと思ったんです。でもただヒノキを紹介しても「日本の香り」として認識されるだけなので、ロワール地方のサンセールという赤ワインと合わせることにしました。採れたてのヒノキは酸味が強いので、清涼感のある香りがするサンセールが合うと思ったんです。
ロワールの人たちにとって身近な存在のワインに、日本のヒノキを合わせることで、新しい発見があるのではと思い挑戦しました。すると、参加してくださったマダムが「いつも白ワインしか飲まないんだけど、初めて赤ワインを美味しいと思ったわ」と声をかけて下さって。もっとこの世界を知りたい、広げていきたいと思いました。

ロワール地方で開催したペアリングの会
自然の恵みを大切に抽出する
ーー沙里さん自ら植物を採取し、蒸留しているとお聞きしました。沙里さんのこだわりを教えてください。
天然香料100%で、日本産精油を用いた調香を行っています。蒸留すると、およそ50キロの素材が10ミリ20ミリに凝縮します。つまり素材に農薬が使われていたりするとそれも凝縮してしまうんです。私は小さい頃から嗅覚が鋭くて、科学的な匂いを感じ取りやすいんです。
タバコなど強い香りもそうですが、柔軟剤などの人工香料も苦手で、電車の中とかで酔ってしまうこともありました。でも自然の香りは大好きで、石ごとの匂いを比べたり、ビニール袋を持って走って「春の匂いを集められるかな」なんてこともしていましたね。実は人の匂いにも敏感で、病気の方の香りを感じたり、匂いによって好きな人、苦手な人がいたり…

ーー小さい頃から、五感が鋭かったんですね…
自然の香りをずっとまとっていたいけど、香水は苦手で。「森の空気の粒」のような香水をつくりたいと思ったのが、調香師を目指したきっかけになりました。
ーー天然香料となると、素材探しも難しそうです。
実は「ご縁」で素材と出会わせていただくことが多くて。「クロモジが欲しいな」と思ってると電話がかかってくるんですよ。蒸留を始めたときに、どこから学べばいいかがわからなかったので、まずは木について学ぼうと林業の方に会いに行きました。それで木を通じて色々な方とつながるうちに、林業や家具職人さんから削りカスや端材をいただけるようになったり。蓮に対して学びたいと研究者の方に会っていたら、蓮を分けていただけるようになりました。本当にご縁ですね。

ワインと香りのペアリング
料理人から柑橘について学んでいたら、農家さんを紹介してもらってそこから素材をいただく…ということもありました。料理人の方達との出会いは、素材について学べるだけでなく、蒸留に関する学びにもなりました。
例えば、ジンジャーエールをつくるときに、「生姜を煮立たせてた後、最後にフレッシュな生姜を入れる」とフレンチのシェフに教えていただいたんですが、それを生かして、乾燥させたベルガモットとフレッシュなベルガモットを蒸留して掛け合わせて、香水を作ってみたり。素材を学ぼうとして行動したことで、素材をいただけるようになったり、自分の蒸留方法にヒントを与えてくれました。
ーーご縁に対しても嗅覚があるんですね。
そうかもしれません(笑)。自然について詳しい方の知識や感性に触れたいと思って行動していたら、結局素材も集まっていった…という感じなんですよ。
(後編へ続く)
