【後編】古くから受け継がれてきた想いを再解釈して現代に伝える 善西寺の香り「りてら」と「はしりい」

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お寺に入ると、漂ってくる和の香り。日本には、仏教伝来とともにお香が伝わったと言われており、今でもお墓や仏壇で手を合わせる際にお香を焚く風習が続いています。善西寺では、「りてら」「はしりい」という2つの香りを制作。

手がけたのは、桑名市出身の調香師の沙里(さり)さん。前編は、沙里さんが手がける調香の世界、そして素材や調香のこだわりについて教えていただきました。後編は善西寺とのつながり、そしてお寺における香りについてお聞きします。

<プロフィール>沙里 (さり)

調香師 《かほりとともに、》主宰。日本の伝統的な香道作法と西洋のフレグランス文化を融合させた現代聞香を創始。日本・海外各地で季節や風土に合わせた「香り文化」の普及活動やイベントを行っている。幼少期からの作曲・演奏活動をもとに、音の波動と香りの関係に着目。自然香料によるオートクチュールのかほり作品にはユニークな“香譜”をつけて発表。日本産精油を用いた調香が評価を得て、世界からも招待を受けている。フレグランスコンテスト2011環境大臣賞受賞。IFA国際アロマセラピスト。

古来からつづくものを現代訳に

ーー善西寺とは、どのようなご縁があったのでしょうか?

三重のローカル誌「NAGI」の編集者の方から矢田住職を紹介していただいたことが始まりでした。住職から「おてらこども食堂」や「グリサポくわな」など地域の人に寄り添う活動には心打たれるものがありましたし、何より業種を超えたプロフェッショナルの方々が集ってコミュニティを形成していて、とても面白そうだと感じました。

善西寺が取り組む「りてらプロジェクト」は、「Re:寺(リテラ)=Regeneration:再生、Release:解放、Literacy:適切な理解・解釈」という3つのReを表す言葉です。「古くから受け継がれてきたものを再解釈して現代に伝える」という意味も含まれていますが、それはまさに今、私が取り組んでいることでもあるんです。

例えば、香道(香木の香りを鑑賞する、日本の芸道)では、伽羅(きゃら)という香木を使うんですが、今では貴重で手に入らなくなってきています。ですから、ある時は香木ではないものの香りを聞いたり、ワインとのペアリングもそのうちの一つです。香りを聞いて、自分の心と繋がるときの精神、集中力など核となる部分は残し、新しい形の香道を模索しています。矢田住職はお寺、私は香りというフィールドで、再解釈に挑んでいる。そんな部分に共鳴して、ぜひご一緒したいなと思いました。

「りてら」と「はしりい」の香り

ーーどのような香りをつくろうと思われましたか。

矢田住職から善西寺の境内を歩きながらお寺の歴史をお聞きしたり、お寺が取り組むプロジェクトや今後の展開についてお話を伺い、「二つの香りをつくりたい」と提案しました。1つ目はお寺が取り組む “りてらプロジェクト” にちなんだ「りてら」、2つ目はお寺の山号(寺院の名称の前に冠する称号)「走井山」からとって「はしりい」という名前の香りをつくることにしました。

「りてら」は、リキッド(液体)で、心身を清めるための「清め香」です。りてらプロジェクトをお聞きした時に浮かんだワードは、子どもや地域、未来。明るい太陽のようなイメージから柑橘系のダイダイ、命を表す種(ウイキョウ)などの精油を選びました。

生姜を入れたのは、生姜って風邪のひき始めにすりおろして飲んだり、料理に入れてからだを温めたりしますよね。懐かしくて身近で、おばあちゃんの知恵袋のような存在。いつか生まれ育った土地や家族と離れたとしても、生姜の香りを通じて、あたたかな記憶と結びつく「プルースト効果」のようなものが生まれたらと考えて調合しました。少しづつ香りが変化して、まとう人に寄り添うように。奥行きがあって、余白を感じる香り方にしています。

仏さまにお参りをするときに指先や手首につけると、呼吸とともにふわりと香る。そのようなイメージで調香しています。

ーー「はしりい」は、どのような香りでしょうか?

「はしりい」は、善西寺の歴史を紐解いて感じたイメージを元に調香しています。住職にお話を伺いながら境内をまわり、「摂取不捨」「順彼仏願故」など阿弥陀さまの教えについてお聞きしたことから、メインの香りはお寺の香りを代表する白檀にしようと決めました。また「マインドフルネス」「静謐(せいひつ)を保つ」といった言葉からは、呼吸を落ち着かせ安心させる効果があると言われている安息香を選びました。

摂取不捨…阿弥陀如来が念仏を称える衆生を救い摂り、見捨てることなく極楽浄土に導くこと

順彼仏願故…阿弥陀様の願いに順ずる(ゆえに)

柚子と柚子の葉、花を使っているのですが、これは「おばあちゃん、親、孫」の3世代を表しています。「代々受け継がれて今がある」ことを香りで表現したく、同じ植物の実と葉と花からそれぞれ抽出したものを入れています。

もともと塗香(ずこう)は、勤行時に自らの心身を極めるために、香木を削ってその粉をつけて勤行を行います。しかし「香木の粉をつけて法要をすると法衣が汚れてしまうこともある」ということをお聞きし、練り香にすることでその困りごとを解消できるのではと思って「はしりい」を練り香の形にしました。

ーーこれも「塗香の再解釈」になりますね。

お寺における「香り」

ーー沙里さんにとって「お寺の香り」とは。

思い起こせば幼い頃は毎朝、家のお仏壇に炊きたてのご飯をお供えしていたんですね。炊飯器を開けた最初のお米は、亡くなったおじいちゃんのもの。なぜだろうと思っていたんですが、ある時「おじいちゃんはお米の匂いを食べてるんだよ」って言われたんです。仏さま、亡くなったご先祖さまたちは、身体はないけどにおいを食べてるんだって。それからはお線香を焚くときも、目には見えていなくても大切な存在が香りを食べてるんだなと思うようになりました。

善西寺の香りをつくらせていただける機会に恵まれて、仏教の中での香りの役割を紐解くうちに、自分の体験とも自然と繋がって。仏さまの教えも香りも、目には見えないものだけれど、香りで繋げることができるんだと思うことができたんですよね。

ーー実は今の活動に繋がる、「匂いを食べる」という体験を幼少期からしていたんですね。

香りって、空間を移動できる要素のひとつでもあると思うんです。お線香の香りを嗅ぐとお寺に行けたり、木の香りを嗅ぐと森に行けたり、旅をする感覚があって。今回の2つの香りもそんな役割を果たしてくれたら嬉しいなと思います。

「善西寺の香り」は非売品のため、香りを知りたい方は矢田住職にお声がけください。

ミカミユカリ

ミカミユカリ

三重県津市出身のフリーライター。名古屋で美容師として働いたのちに、大阪で化粧品会社の広報、ベンチャー企業の採用広報を経てフリーライターへ。京都市のまちづくりや求人、企業広報のインタビュー記事、観光系サービスのSNSのコンテンツ制作などを担当。

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